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ご馳走の精神

むしょーにクリームシチューが食べたくなって作ったら、

   和風味になってました('-')


  おはようございます。あーしゅです。


 あぁ、どうして和風味になったかわかります。
1人暮らしなのに
   マッシュルームなんて高いものかってられっかー(ノ゚皿゚)ノ~~┻━┻ ⊂.・.・:
    と、
 しいたけを入れたからです('-')

いやー、しいたけダシが出て和風‥‥ある意味中華かもしれん‥‥‥‥
おいしいから別にいいんだけど、こってりと思って食べたらあっさりしてると変な感じ(笑)


 さて今日はFFとはまったく関係ない食べ物の‥‥食育のお話です。
 いつもながら、興味のない方、回れ右!

 最近、「食育食育」と騒がれてますが、騒がれないといけないところまで落ちたのか‥‥
と思ってます。と、いうのも、日本文化…いや、生物として食を敬う・食を大事にするというのは基本、それでいて、そこから家族・社会というものを感じるのは自然で当たり前だと思うからです。

食事に関連して、私は親の背中を自然と見てました。
私が子供の時、初めて箸を持ったときからきっちり正しい持ち方をしていたことを、
母はとても驚いてましたが、それは結局、食事をする際親がいつも一緒にいて、正しい箸の持ち方を見ていたから、自然となったのだと思います。

食事をする時に、一番“マナー”を教えられた気もします。
それは決して“食事だけ”の精神じゃなかった気がしますね。
たとえば、残すということに関しての弊害──身体への弊害・作り手の心・経済的なこと・食べられない人、食べられる人の環境──などなど、日常の、食事という中で何かを培われてきた気がします。

また、朝起きて、どんなに早くてつらくても、母親が自分のために朝食やお弁当を作ってくれる姿とか、どこかへ出かけて帰ってきた時に、おみやげといっておいしいものを買ってきてくれる姿に、愛情なんていうチープな言葉で表すものじゃない、ごく自然としたいたわりに触れていたり。

私の母は決して料理が上手いっっ!! なんて人ではありませんでしたが、小さいころは忙しくてもパンやケーキを焼いてくれたり、四国の人なのでうどんも打ってくれました(笑
古い人だからか、冷凍食品もあまり使わなくて、何でも手作りな人でした。

そんなおかげで、私はUFOを初めて食べたのは友達の家だったり、マックは小6、
ファミレスにいたっては中学卒業式デビューという遅さ(笑
ちなみに回転寿司は成人すぎてからです(ノ∀`*)

話を戻しますが、デビューが遅いからいいということをいっているわけではなく、
食事と親って、子供にとって密接な関係なんですよね。
食事を取るというのは、生体を維持するだけではなく、親とのかかわり──恩恵を受けるありがたみ‥‥いただくという精神と密接に関わっていて、しかも日常である。

親も子供の成長という毎日に、食事を通して向き合っていく──それは食育とか、そんな言葉でなく、ひどく当たり前のことだったはず。

「子供が菓子パン好きだから」「作る暇がない。しんどい」という親がいる。
まぁ子供は大人よりも糖分を欲しがるし、あまりにも疲れているときに作れとも思わない。

 ──んが、

まぁ、私の時は1人菓子パンなんてまず発想はなかったけど(笑)、そんなん言った瞬間、
手が飛んできますね(笑)わがまま言うなって。
そこにはもちろん成長する子供の栄養も考えてるわけで。
作る暇がない時とか、しんどいって言ってて、手抜きでも(笑)何かを作ろうとしてくれてる母の姿に、
感謝を覚えた記憶がある。


  “食育”という言葉が大きく謳われることは、ひどく悲しい現象ではなかろうか?
 改めて言わなければいけないほどの現状になったって言うことなのかも(´・ω・`)

あと、社会が食べ物に裕福になりすぎて、食べる意味が“生命維持と欲”だけになってしまったのかなぁとか。

“ご馳走”の“馳走”という言葉から見てわかるように、その食べ物を作るために・得るために奔走する精神が含まれています。
これだけ、食べ物が溢れちゃうと、大事に食べるとか、その食べ物を得るための手間隙なんて感覚が薄れちゃうんだろうなぁ‥‥。


 ちなみに、うちは貧乏だったので余計に食への執着が強かった(笑)
贅沢は出来ないけれども、せめて食事だけはちゃんとしたものを、しっかりとみたいな。
あと、親が田舎の人だったので、食材へのこだわりがすごかったです(ノ∀`)

そのこだわりを痛感したのは、1人暮らしをし始めてスーパー等で売られているしいたけの小ささ、
アスパラの細さ! カレイのちっささ!! マグロの赤身の筋張ったこと!!!などなど、いやー、
「いいもの食ってたんだぁ‥‥」と改めて親に感謝いたしました(ノ∀`)


 “食育”って子供のいる親への言葉になってたりするけど、食事に関連して色々な精神を見直すのって、人の心にいいかもしれない。
author: あーしゅ
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Comments:
うふふ。シチューにはエリンギいれちゃうわたしです。
野菜炒めにも入れちゃいます。
しいたけは、あったかいお素麺にいれるのがベストだと思うですよ!

ちょっと話ずれちゃうかもだけど
わたしが一番びっくりした話を。

給食のときにいただきますっていうのはおかしい、っていう親がいるんですって。
給食費を納めてるから「いただきます」じゃなくて
「食べて当然」なんだということらしい。
「いただきます」という言葉の意味を履き違えてるよねーって
思わず友達と語り合っちゃった…。

しかも最近は、いまどきの子の親だけでなく、
祖父母までにそういう変な感覚を持った人がでてきているそうですよ。

どこでこんなにおかしくなっちゃったんだろうね、ニッポン。
comment by: くらか | 2006/08/27 11:22 PM
エリンギいいよね! ただ、しいたけはダシが出ます‥‥ダシが‥‥(笑
だからおそうめん──にゅうめんなんかよさそうよねー(*'-')


なんていうのかな? 人にとって謙虚と言うものは絶対必要だと思う。
いつも謙虚にとか言うものではなく、こう、本質の中にというか。
“生かされている”っていう感謝の感覚というか。

日本って、謙虚さでいろんな面で損しちゃって、
損する、いらないみたいになったけど、ホントはそうじゃなくて、
生きるためにいる精神だと私は思うのよね。

「食べて当然」の精神だと、その食べ物本来を入手する方法を忘れてしまうよね‥‥食料は無限ではないとか。

なんかさー、そんな親が子供育てるから、子供が、「親は自分を養って当然」な考えのまま、大人になったりしてるような気がする(´_ゝ`)
comment by: あーしゅ | 2006/08/29 6:03 PM
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